belega asiaでマチュピチュへ!

人は、時に想像を絶するほどの巨大な建造物を創りだしてしまう。
世界遺産の【マチュピチュ】もその一つだ。

マチュピチュ01
残業を終えて夜中に帰宅した時、ふとテレビをつけるとマチュピチュの特集が流れていた。
世界遺産など微塵も興味の無い私だから、その時始めてマチュピチュの事を知った。

「なんだこの創造物は・・・。これを人が作ったのか?」
テレビ越しからでも十分に伝わってくるその壮大さに感動した私は、自分の目で見てみたい、自分の手で触れてみたいと思うようになった。

重要なプロジェクトがひと段落したこともあり、なんとか休暇が取れた。
いつか海外に行くだろうと思って作ったパスポートがやっと役に立つ時が来た。
早速belega asia(ベルーガアジア)のコンシェルジュサービスを利用してチケットを予約。
そのおかげでかなりスムーズに今回の旅行を敢行することができた。

マチュピチュがあるペルーまでは日本から直行することはできない。
アメリカまで飛行機で行った後に乗り換えを行う必要がある。

アメリカも初めて訪れる私だからちょっと観光したい気分だったがそんな余裕は無い。
そんなことをしていてはマチュピチュにたどり着く前に休暇が終わってしまう。
私は自由の女神に後ろ髪をひかれながら乗り換えの飛行機に乗り込むのだった。

車の長旅と違って飛行機は疲れがどっと来る・・・。
おまけに腰が痛い・・・。
しかし、心を揺さぶるほどの感動をこの手に掴むことが出来るのなら、腰が痛いぐらいの苦労は安いもんだ。

ペルーからバスに乗ってクスコまで向かう。
このバスの手配も全てbelega asia(ベルーガアジア)にお任せ。
こういう手間を代行してくれるコンシェルジュサービスに頭が下がる思いだ。
さて肝心のバスだが、日本ではお目にかかれない様なでっかいバスだ。
なんとWi-Fiが備えられており、料理まで出してくれる超快適バスだ。

飛行機での疲れとお腹が満腹になったこともあり、私は気付いたら眠っていた。
クスコまでの道中の景色を楽しみにしていたのに、何一つ拝むことは出来なかった。
「帰りは唐辛子を目の周りに塗ってでも起きてやる」と心に誓った。

クスコに到着すると電車でマチュピチュ村まで向かった。
電車が村に到着してから私を迎えてくれたのは、たくさんの売り子のおばちゃんたちだった。
これが若い娘なら何か一つでも購入してやるのだが、私はおばちゃんたちと目を合わさないようにしてその場を離れた。

村から目的のマチュピチュまではバスに乗って向かった。
ゲートに到着するとたくさんの人で溢れかえっている。
割合からして日本人が多いように感じた。
日本を出発する前にマチュピチュの事をネットで調べていると日本人に大人気と書かれていたが本当のことだった。

マチュピチュ02
ゲートを抜けると一気に世界が変わった。
あたり一面霧に包まれていたのだ。
あまりに幻想的な空間に私の心臓が躍動してくるのが解る。
標高が高く空気が冷たいのに、私の体は激しく流れる血流によって熱を帯びていた。

霧がうっすら晴れてくると少しずつそれは現れてきた。
静かに、ひっそりと、しかし壮大な存在感を放ちながら・・・。

丁寧に石を重ねて作り上げられた建物の数々。
貴重な食料を生むための段々畑。
精巧に作られている水路。
クレーンもヘリコプターも無い時代に人の手によってこれが作られたのかと思うと、自分の存在がちっぽけに思えた。

どれだけの時間を費やし、どれだけの人が犠牲になったのだろう。
その時代の人たちは思っただろうか?
自分たちが死んだあとに街がこうやって美しいままに残っていることを。
異国の人たちにこれほどの感動を与えることを。

マチュピチュ03
私はこれまで、ちょっとしたことでくじけそうになっていた。
しかしこのマチュピチュに出会ったことで人間には何事もやり遂げることが出来る強い力が備わっていることを学んだ。
私も、「誰かを感動させることが出来る仕事をやりぬこう」と心に誓った。